死の淵からの生還。奇跡は必ず起きる。

心臓病との闘い・エセルスティン医師の挑戦と食事療法の革命
心臓病は、現代社会において深刻な健康問題の一つであり、日本においても三大死因の一角を占める深刻な疾患です。がん、脳卒中と並び、多くの人々の健康と命を脅かしています。特に、近年では食生活の欧米化が進み、若い世代でも肉類の摂取量が増加傾向にあり、その影響は肥満、高血圧、糖尿病などの生活習慣病の増加につながっています。これらの疾患は、「死の四重奏」とも呼ばれ、互いに影響しあい、心臓病のリスクを高める要因となります。
日本の心筋梗塞発症率は、1979年には10万人あたり7.4人でしたが、30年の間に急増し、2008年には27.0人と約4倍にも跳ね上がりました。この数字は、現代社会における心臓病の深刻さを物語っています。このような状況の中、伝統的な医療アプローチに疑問を抱き、食事療法という新たな道を開拓した医師がいます。その名は、カルドウェル・B・エセルスティン・ジュニア医師。彼は外科医として輝かしいキャリアを築きながらも、患者の根本的な健康を取り戻すために、食事療法の重要性を訴え続けたのです。
外科医としての成功と現代医療への疑問
エセルスティン医師は、名門イエール大学を卒業後、外科医として手術専門病院であるクリーブランドクリニックで研鑽を積みました。その後、軍医としてベトナム戦争に従軍し、戦場での英雄的な行動が認められ青銅星章を授与されました。帰還後、クリーブランドクリニックに戻り、世界トップクラスの医療機関で、外科医として数々の実績を積み重ねました。職員の代表、理事会のメンバー、乳がん対策委員会の会長、甲状腺・副甲状腺手術部長などの要職を歴任し、100を超える科学論文を発表。1994年から1995年には、「アメリカの最も優れた医師」の一人にも選ばれ、まさに外科医としての頂点を極めた人物でした。
エセルスティン医師は、成功を収める一方で、自身の医療行為に疑問を抱くようになりました。
「手術を終えた患者たちは本当に良くなっているのだろうか?」「手術が患者の人生を根本的に変えることができているのだろうか?」彼は常に患者の将来を見据え、その治療効果に疑問を呈していました。
特に、結腸がんや乳がんの手術の現場で、がんが広範囲に広がっている状況を目にし、自身の外科手術が患者の回復に貢献できているのか、疑問を感じ始めました。
彼は、自らが執刀してきた乳がん摘出手術や乳腺切除などの手術を振り返り、患者の容姿を傷つけているのではないか、回復の可能性を与えられないのではないか、という葛藤に苦しみました。


こうした経験から、エセルスティン医師は自分が扱っている病気に関する文献を読み解き、研究を重ねるようになりました。
そして、患者を頻繁に苦しめている病気の原因が、肉や脂肪、高度に精製された食品が多い食事にあるという結論に達しました。この発見は、彼の医療観を大きく変えるきっかけとなりました。
彼は、自分が勤務する手術専門病院の院長に、食事療法によって心臓病を改善できるという考えを伝えましたが、「食事療法を用いて心臓病を改善し、それを証明した人間はこれまで誰もいない」と一蹴されてしまいます。
食事療法への挑戦・菜食主義の導入
周囲の反対にも屈せず、エセルスティン医師は自らの信念を貫き、患者への食事療法を始めました。彼は、数年間、目立たないように独自の治療法に取り組みました。患者たちには、低カロリーの菜食を中心とした食事を推奨し、コレステロール薬の使用は必要最低限に抑えました。彼は患者一人一人に親身に関わり、熱意と協力的な姿勢を持って接しました。患者に対する思いやりと、時に厳しさも持ち合わせ、患者が食事療法を継続できるよう、モチベーションを高く維持させることに尽力しました。

エセルスティン医師が治療対象とした18名の患者は、いずれも重篤な心臓病を抱えていました。狭心症、バイパス手術に失敗した患者、脳卒中など、冠状動脈に関する様々なトラブルに長年苦しんできました。中には、循環器内科医から「余命1年」と宣告された患者も5名いました。その中でも特に重篤な患者の一人が、当時59歳のエブリン・オズウィックという教師でした。彼女は、甘いものやグレービーソースが好きで、心筋梗塞を2度も経験していました。2度目の心筋梗塞の際には、「死ぬ準備をしてください」と医者に宣告され、絶望的な状況に置かれていました。

予想を上回る治療効果と科学的根拠
エセルスティン医師が菜食中心の食事療法を患者に施した結果、驚くべき治療効果が得られました。5年後の造影検査では、18名中11名の患者の病状進行が止まっていました。さらに、4名の患者は病状が改善する、つまり退行という驚くべき結果が確認されました。患者の悪玉コレステロール値は、治療開始時の平均246mg/dlから、治療中に平均132mg/dlにまで劇的に低下し、目標値の150mg/dlを大きく下回りました。この結果は、薬や手術では達成できないほど劇的なものでした。

エセルスティン医師は、心臓病を回避するための生物学的なメカニズムについても解明しました。動静脈の内層を覆う内皮細胞がそのカギとなることを突き止めました。
健康な血管の内皮細胞は、テニスコート8面分にも相当する広さがあり、血管を保護する役割を担っています。内皮細胞は一酸化窒素を生成し、血液の流れをスムーズに保ち、血管を拡張し、プラークの生成を抑制します。
さらに、一酸化窒素はプラークに伴う炎症を抑制する強力な因子でもあります。しかし、欧米型の食事は、内皮細胞を破壊し、血管を硬化させてしまいます。
40歳を超えると、内皮細胞の面積はテニスコート2面分ほどにまで減少し、血管を保護する力が弱まってしまいます。ところが、菜食を中心とした食事に変えることで、内皮細胞は回復し始めることが、実験的に証明されました。
医学界への衝撃と「食事療法の英雄」
エセルスティン医師は、18名の心臓病患者に対する食事療法の結果を公表しました。その論文は、菜食と最小限のコレステロール降下薬を組み合わせるだけで、医学史上最も劇的に心臓病を回復させることが可能であることを証明しました。この発表は、医学界に大きな衝撃を与え、エセルスティン医師は「食事療法の英雄」として一躍脚光を浴びることとなりました。かつては外科医として頂点を極め、多くの人々から尊敬の眼差しを向けられていた医師が、自ら薬や手術に頼らない食事療法を提唱したことは、医療の常識を覆す出来事でした。
- エセルスティン医師の成功は、同僚であるクロウ医師にも影響を与えました。クロウ医師は、健康でアクティブな生活を送っていた40代半ばに、心臓病を発症しました。コレステロール値も正常だったにも関わらず、冠状動脈が激しく損傷し、心臓発作を起こしてしまいました。しかし、クロウ医師はエセルスティン医師の提唱する菜食療法を実践した結果、3年後には冠状動脈が健康な状態に回復したのです。
- エセルスティン医師の患者たちは、その後も健康を維持し続けました。18名の患者は12年間もの間、全員が生き延びることができました。余命1年と宣告されたエブリン・オズウィックも、食事療法を継続することで20年も生き続けました。彼女は、エセルスティン医師の厳しさ、しかし愛情あふれる指導について語り、「食事をとるか命をとるか、二つに一つです。選択の余地はありません」と言われたことを明かしました。
- エセルスティン医師は250人以上の心臓病患者を菜食治療によって成功させています。「心臓病は、たとえ患ったとしても、菜食に変えることによって進行を食い止めることができる」と、彼は確信を持って語ります。
まとめ
エセルスティン医師の物語は、現代医療の限界と、食事療法の可能性を示しています。彼の取り組みは、単に心臓病を治療するだけでなく、人々の健康に対する意識を変えるきっかけとなりました。健康的な食生活は、病気を予防し、健康寿命を延ばすために不可欠です。エセルスティン医師の言葉は、私たちに健康な生活を送るための選択肢を示唆してくれます。この物語は、私たち一人一人が、自分の健康に責任を持ち、食生活を見直すことの重要性を教えてくれるでしょう。