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人は理性と教養を身につけ、犬は知性と理性を身につける
受刑者が犬の訓練士として教育プログラムを受けるうちに、自分自身が更生し再犯もなくなり、
また殺処分の予定だった犬200匹が彼らの訓練によって変化し、ペットとして飼われていったという記事がありましたので、転載します。
(COURRiER JAPON)
自分の感情をコントロールできず、対人関係にトラウマを抱えた受刑者たちが、自ら何度も繰り返し受講するプログラムがある。
“パートナー”と過ごすなかで、受刑者たちは自分の気持ちに正直になり、弱みをさらけ出し、刑務所内にある強固な人種の壁を越える。
心理療法士である筆者が取材した。
(Text by Hilda Burke @オブザーバー)
カリフォルニアの太陽がさんさんと降り注ぐのどかなある日、私は刑務所にいた。
だが、ロサンゼルスの北240kmに位置する、ここノース・カーン州刑務所の囚人たちとは違い、私は自らの意志でここにいる。
私はザック・スコウという男に同行していた。
彼はアメリカ全土の刑務所に、“犬”を持ち込もうとしているのだ。
スコウは、保護犬と受刑者を結びつける更生プログラム「ポゥジティブ・チェンジ(Pawsitive Change:pawは動物の前脚のこと)」の創設者だ。
2016年、彼はカリフォルニア市の矯正施設で試験的にこのプログラムを開始し、受刑者に犬の訓練士になるための教育をしている。
このプログラムは現在、4つのカリフォルニア州刑務所、また少女更生施設1ヵ所でも展開されている。
これまで、300人以上の受刑者が同プログラムを卒業した。
受刑者と訓練した結果、殺処分を予定されていた約200匹の犬が、ペットとして引き取られた。
プログラムの卒業生のうち17人が仮釈放され、いまのところ刑務所に戻ってきた者は1人もいない。(現在、アメリカの再犯率は43%だ。)
彼らが訓練した犬の大半は、その模範的振る舞いと従順さが認められ、「善良な犬市民」の認定書を与えられている。
2匹はセラピー犬の資格を取得し、他にも数匹が、退役軍人の介助犬になるためのトレーニングを受けている。
“生徒”たちの圧倒的な熱意
私が見学したのは、ノース・カーン刑務所でおこなわれている14週間コースの第2週目だった。
参加するのは、受刑者である生徒20数名と、トレーナー長のロバート・ヴィリャネダ、そしてスコウだ。
私はこれまで、義務教育にはじまり、大学、演劇学校、セラピスト訓練校と、つねになにかしらの教育を受けてきたが、ここの生徒たちの熱意は、他に類を見ないほどすごいものだった。
私の経験では、授業中に携帯をチェックしたり、窓の外を眺めたり、おしゃべりや居眠りする生徒が必ず一定数いるものだ。
だがノース・カーンの生徒は、授業に完全に集中し、大量のメモを取り、質問もしつつ互いに知識を共有していたのだ。
犬と接するのに大事なのは「自分の感情」
ここの生徒たちは、担当する犬に対して、熱心なヘリコプター・ペアレントも真っ青な気配りを見せる。
排便の具合や、ある犬は人前ではエサを食べないとか、別の犬は仲間が全員済ませるまでトイレをしない、といったことを詳しく語る。
プログラムの核となるのは、生徒(スコウは彼らを「受刑者」とは呼ばない)がつねに自分の感情に意識を向け、それを把握することだとスコウは説明する。
「精神のバランスが崩れていると、動物は言うことを聞きません。生徒たちは、自分の軸が傾いたらそれに気づけるように、そしてそれを元に戻せるようになる必要があります」
本当の自分を取り戻せる場所
生徒たちが犬と歩調を合わせるのを見て、私は感心した。
犬をトレーニングし、犬の苦労を目にするなかで、生徒は自分の経験を自然と口にし始める。生徒の一人が、最初の数日間、犬が小屋から出たがらなかったと話すと、別の生徒が、刑務所に収監された当初は自分も監房から出たくなかったと告白する。
セラピストである自分の立場から見ても、「ポゥジティブ・チェンジ」の生徒たちは、驚くほど高いレベルで感情のコントロールができており、また、素直に自分の弱みをさらけ出す力も持っている。
生徒たちと話していて繰り返し話題になった2つのテーマが、「信頼」と「責任」だ。
彼らの多くは、幼い頃から「信用できない」、「やらせてもどうせ失敗する」、「能力がない」といった言葉を繰り返し言われて育った。
刑罰を受けることで、彼らは自分に対してますます強くそう思うようになった。
心理療法士として働くなかで私が学んだのは、「おまえはこうなる」と言われたものに人はなってしまう、ということだ。
しかしこのプログラムは、彼らが幼い頃から押し付けられてきた「自己イメージ」に疑問を投げかける。
生徒たちはここで、新たな自分のストーリーを作ることができるのだ。
「人種」の垣根を越えて
43歳のアイザックは18歳から服役している。
2018年9月に初参加して以来、このプログラムに参加するのはこれが4度目だ。
こういう生徒は何人もいる。
生徒の多くは繰り返し参加しており、どの犬も別の問題を抱えているため、毎回違う学びがあるという。
アイザックは9歳か10歳の頃から犬の訓練士になりたかったが、「そんなの本物の仕事じゃない」と父に否定された。
現在はメンターとして、他の生徒を指導し手伝う。
服役中に、コミュニケーション学と心理学の学位も取得している。
このコースから何を学んだかと訊ねると、異なる人種の受刑者と交流する機会になった、と彼は言った。
「食事の時間になると、メキシコ人同士、白人同士、黒人同士で同じテーブルに座る。
でも、犬とトレーニングするときにはそれが崩れるんだ」
このプログラムで、アイザックは予想よりも大きな収穫があった。
犬の訓練士になりたいという昔の夢を叶えたかった彼だが、釈放後に役立つ実用的な技術も学びたいと思っており、それも実現した。
さらに、ここでは自分のイライラに対処し、我慢強さを養うことも学んだと語る。
「家父長的なヒスパニックの家庭で育ったから、感情を隠すのは普通のことだった。
でもここでは、それを疑問視し、自分の感情に真に正直になるよう奨励されたんだ。
トレーニングに初めて参加したとき、大きな問題を抱えた犬のタイニーとペアになった。
タイニーは、キャリーからどうしても出ようとしないんだ。
あの子とトレーニングするには、コースの仲間に助けを求めるしかなかった。
これまでの人生で、俺はそういうことをずっと避けてきたんだ」
「自分を信じられるようになった」
33歳のヴェニーは、2017年に終身刑を言い渡された。
彼は10歳のときピットブルに襲われた経験があり、犬が怖いというのだから、このプログラムの参加者としては異色だ。
だが、ヴェニーはウィローという名のピットブルとトレーニングすることで、もう一度犬を信じるチャンスを得た。
ウィローと自分が互いを理解していくようになった過程を、彼はこう語る。
「ウィローも苦労してきたのを感じたよ。ウィローは、俺が過去のトラウマを乗り越え、俺を見捨てた人たちを許すのを手伝ってくれたんだ」
「刑務所は俺にとって希望だ。まだ死んじゃいないからね」とヴェニーは言う。
彼は「ポゥジティブ・チェンジ」を、「精神的にも、肉体的にもありがたいもの」だと表現した。
ヴェニーは父親と会ったことがない。
彼は、プログラムに参加する仲間から受けたサポートや励ましのおかげで、自分を信じられるようになったという。
仲間のなかに「父親的存在」を見出した彼は、次のように語った。
「仲間たちは俺を、信頼できる一人前の大人として扱ってくれる。
そして、俺のために時間を使ってくれる。
俺にとっちゃこれはすごいことだ。
彼らがしてくれたことが無駄じゃなかったと証明するのが、俺の務めなんだ」
「最重要指名手配犯」からの華麗なる転身
「ポゥジティブ・チェンジ」の卒業生で、2017年後半に釈放されたジェイソン・モーリにも話を聞いた。
12年前、モーリは暴力事件の容疑者となり逃走したことから、テレビ番組「アメリカ最重要指名手配犯」でも取り上げられた。
しかし現在の彼は、カリフォルニア指折りの犬の訓練士として、目覚ましい活躍を見せている。
釈放されて以来、モーリはカリフォルニア州コスタメサで、犬のデイケアや宿泊施設、トレーニングを提供するビジネス「K9ブレークスルー」を立ち上げ、大きな成功を収めた。
「釈放の半年前にビジネスプランを練ったんだ」と彼は言う。
服役中、最初に参加したプログラムがあまりにも楽しかったため、モーリはさらに4回も受講し、最終的にはメンターになった。
彼は、自分が大好きなことを仕事にできると気がついたと言う。
「俺自身、いまでも更生中の身だよ」と彼は言う。
「犬とともにトレーニングを受けることで、過去の自分を責めるのをやめて、いまを生きることができるようになった。
出所するまでに、全米屈指の犬の訓練士から数百時間のトレーニングを受けられたことに、本当に感謝しているよ。
おかげでビジネスをはじめる下地ができたし、新たな人生と第二のチャンスをもらえたからね」
この記事の執筆中に、アイザックが仮釈放されたと聞いた。所内で彼が話してくれたことを思い出す。
「犬は俺にとってとても大切な存在だ。彼らからたくさんのものをもらったからね」
アイザックの服役中の時間の使い方、特に保護犬の更生トレーニングに、仮釈放委員会は感銘を受けたらしい。
犬たちは、彼に最も大きな贈り物をしたのかもしれない。
「自由」という贈り物を。