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穴八幡宮
東京都新宿区西早稲田2-1-11
隨神門
ご祭神
應神天皇(おうじんてんのう)
仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)
神功皇后(じんぐうこうごう)
旧社格は村社であり、牛込の総鎮守です。
古墳の上に立つ穴八幡宮
地下鉄東西線、早稲田駅2番出口を出るとななめ右方に鳥居が見えてきます。
こんもりとした小高い丘の上に穴八幡宮の境内があります。
この早稲田一帯には大規模な古墳群が存在した可能性が推察されており、穴八幡宮がご鎮座される場所も、かつて前方後円墳があったと云われています。
横穴から発見された金銅の御神像
また、社伝によると、穴八幡宮の名の由来となった出来事について記述があります。
江戸時代、1641年(寛永18年)、宮守の庵を造るため、社僧良晶が南側の山裾を切り開いていると横穴が見つかり、中から金銅の御神像が現れた。
掘った人は「芽出度い」と大喜びし、以来、「穴八幡宮」と称するようになった。
3代将軍徳川家光は、この話を聞いて穴八幡宮を幕府の祈願所・城北の総鎮護とした。
つまり、この金銅の御神像がみつかった横穴は、古墳の石室であったのではないかと云われています。
非常に古くから神聖な場所として選ばれていたのが、この地でした。
1062年(康平5年)、源義家が奥州からの凱旋の途中、この地に兜と太刀を納め、八幡神を祀ったとあります。
かつては高田馬場の守護神とされており「高田八幡宮」と呼ばれていました。
拝殿
1636年(寛永13年)、ここに的場が造られ、この八幡宮を守護神としました。
八代将軍・徳川吉宗が奉納した流鏑馬は高田馬場流鏑馬として現在も続いています。
スポーツの日(旧体育の日、10月第2月曜日)には、高田馬場流鏑馬が穴八幡宮に奉納されます。
新宿区指定無形民俗文化財です。
一陽来復
さらに毎年お守りが頒布される冬至から節分までの約一か月半は、普段は静かな境内が一転し、お守り「一陽来復」を求める人々で行列ができます。
金運効果が高いと評判の「一陽来復」。
穴八幡宮で一陽来復のお守りを授与する風習は、江戸時代から続いています。
一陽来復とは、もともとは中国の易で、陰暦10月に陰がきわまって11月の冬至に陽が初めて生じることから陰暦11月を指します。または、冬至を指します。
そこから、
・冬が終わり春が来ること。
・新年が来ること。
・悪いことが続いた後で幸運に向かうこと
を意味します。
2020年、私たちはウィルス蔓延に伴う数々の未曽有の事態を乗り越えてきました。
悪いことが続いた後には幸運に向かうという一陽来復。
2021年、金運をより良いものにするため、穴八幡宮を訪れてお守りを頂いてはいかがでしょうか?
(壁に飾る日時と方角は指定されています。詳しくはお守りと一緒に頂ける説明書をご覧ください。)
お守りは2021年の2月2日(火)の節分まで穴八幡宮で授与されています。
また、郵送のお申込みもできます。
詳しくは穴八幡宮までお問い合わせください。