熱海・龍神紀行~龍神と共に息づく街~③

地球のマグマエネルギーが湧き上がる火と水の聖地、伊豆山神社

【ご由緒】

伊豆山神社(いずさんじんじゃ)はかつて、伊豆御宮(いずおんみや)、伊豆大権現(いずだいごんげん)、走湯大権現(そうとうだいごんげん)、走湯山(そうとうざん)とも呼ばれました。
強運守護、福徳和合、縁結びの神様です。
日本の第五代天皇、孝明天皇の時代(紀元前五世紀~紀元前四世紀)の創建とされています。

ご本殿には、木造男神像(平安時代中期、日本最大の神像)が祀られており、応神天皇の時代に相模国大磯の海に出現して、仁徳天皇の時代に日金山に飛来し祀られたと伝える伊豆大神の姿をあらわしています。
伊豆大神の力の源は、湧き出る霊湯「走り湯」です。
走湯権現(そうとうごんげん、はしりゆごんげん)とはこれを神格化した呼び名で、伊豆とは、湯出づる(ゆいづる)神という言葉から生まれました。
伊豆大神の力は、富士山、箱根、初島をはじめ伊豆の島々に及びます。

【名高い霊場】

後白河院御撰『梁塵秘抄』に「四方の霊験所」の一つとうたわれたように、平安時代後期には山岳修験霊場として名を馳せ、顕密神道を学ぶ名高い道場となりました。
空海も修行をしたという伝承があります。
熊野信仰とも結びつき、全国に末社が祀られています。(伊豆山神社公式HPより一部抜粋)

【ご祭神】

・正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさやあかつかつはやひあめのおしほみみのみこと)
・拷幡千千姫尊(たくはたちちひめのみこと)
・天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)

【ご祭神のお名前に託された意味】
正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさやあかつかつはやひあめのおしほみみのみこと)

ひえへに ただしく すなほになるを
心とし 形とし給ふ
心すなほにして ゆがまざれば
よろづにかつ
そらてらし給ふ日の出る時
日は一なれども くらきやみ
すみやかに きゆるに にたりなり
まよへる民を あはれみて
よろづをしのび
ゆがめるをあらためて
なほきに おもむくを聞き
よろこび給へば
国ゆたかに 人さかふ
(走湯山 秘訣より)

【赤白二龍について】

伊豆山神社の縁起「走湯山縁起」(鎌倉期に成立)によりますと、

当伊豆山の地底に赤白二龍和合してふくす。
その尾を箱根の湖水(芦ノ湖)に漬け、その頭は日金嶺(伊豆山のこと)地底に在り、温泉の湧く所(走り湯)は此の龍の両目二耳並びに鼻穴口中なり。
二龍精気を吐き、赤白海水に交わる。二色浦(今の熱海錦ヶ浦のこと)はこれを謂うなり。

 


赤白二龍(せきびゃくにりゅう)はご祭神、天忍穂耳尊(あめのににぎのみこと)の随神であり、赤は火を表し白は水を表し、火と水の力でお湯(温泉)を生み出す温泉の守護神であります。
赤白二龍は境内の手水や、社殿、お守りにも施されており、伊豆山神社のシンボルとなっています。

【ご本殿】

ご本殿は、相模灘を望一望に望む、海抜170メートルの地点にあります。
境内は小恋(こごい)の森の一部で、約40000坪の広さがあります。
この場所は、かつて上宮と呼ばれていました。階段を下って海抜50メートル弱の地点には下宮の跡地があり、さらに伊豆浜に下ると走り湯があります。また、海抜380メートルの山中に本宮があります。
伊豆の御山は、日金山や岩戸山に連なり、伊豆・相模・駿河の三国にまたがる広大な神域の要です。(伊豆山神社公式HPより一部抜粋)

【パワースポットとしての伊豆山神社】

以上からもお分かりのように、伊豆山神社は非常に由緒ある神社です。
伊豆山神社とその参道(走り湯から本宮に至る道)は、まさに地球のマグマの恩恵を受けているパワースポットです。この長い参道を歩くと気づきますが、ポカポカと暖かいのです。

まるで岩盤浴をしているように、足元から暖かいものが伝わってきます。さらに歩くだけで疲れが消えて元気になります。

【伊豆山神社と源頼朝】

その昔、平治の乱で平清盛に捕らえられた源頼朝は、平清盛の継母である池禅尼(いけのぜんに)の助言で死刑をまぬがれます。そして伊豆の蛭ヶ小島に流刑されます。(蛭ヶ小島と言っても、水田の中にあった高地で島ではありません。)流刑の身であっても、狩りや手紙のやり取りなどは許され、かなり自由度が高い生活をしていました。

頼朝は伊豆権現、阿舎利覚淵(加藤景簾と兄弟)のもとで学び、源氏再興を祈願して法華経千巻の誓いを立てました。しかし、急を要する事が起き、八百巻で出陣をしてよいか伊豆権現にお伺いを立て、旗揚げを敢行し勝利しました。
その間、伊豆権現では頼朝勝利の祈祷を行い、北条政子を庇護していました。また、箱根権現(僧行実)も、源氏再興への支援を行いました。
その恩に報いるため、鎌倉幕府を開いた頼朝は、伊豆権現と箱根権現への二所詣を幕府の公式な行事とするなど、伊豆権現は幕府直轄の神社として崇敬の的となりました。以来、鎌倉歴代将軍の信仰厚く、この神社は関東の総鎮守として、戦勝祈願の社として隆盛を極めました。(熱海市公式ページより抜粋)

源頼朝が征夷大将軍となった後は、幕府の最高の崇敬をあらわす「関八州鎮護」として、多くの社領を寄進しました。
また戦国時代には後北条氏、江戸時代には徳川将軍に篤く(あつく)信仰されました。
武家が誓いを立てるときの起請文には、誓詞証明の社として、伊豆山神社の名が必ず連ねられています。
明治維新の神仏分離令により伊豆山神社と名称を変更してからも、大正3年1月13日には当時の皇太子、後の昭和天皇が、昭和55年9月12日には皇太子浩宮徳仁親王殿下がご参拝されました。

源頼朝を尊敬していた徳川家康は、関が原の合戦前に熱海に入湯し、その温泉パワーをもらって天下統一を成し遂げたとも言われています。

初めて武士による政権である鎌倉幕府をおさめた初代鎌倉幕府将軍、源頼朝。江戸幕府の初代将軍、徳川家康。

両者を勝利へと導く鍵となった伊豆山神社には、強運天下取りの秘密が隠されているかのようです。

広くはない境内には、様々な見どころがあります。

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