江戸時代の究極の開運方法 ②

≪食事量の違いで将来を見極める≫

水野南北先生は、徹底的な観察によって、食事が人に及ぼす影響を見極めました。観相学家として当時知らない人はいないくらいに有名で大成していたにも関わらず「運は食なり」と運に対する食の重要性を断言したのです。

“食の多少を以て富貴貧賤寿夭窮楽行末の吉凶を知る事を弁ず”

「食事量が多いか少ないかを見定めることで、その人の苦楽、品格、財物、寿命、そして将来の吉凶を知る法を伝えよう。」

食事量の違いによってその先の人生(苦楽の度合い、品格、財産、寿命、人生全般が吉となるか凶となるか)に大きな違いが生じると言います。粗食の人、大食気味の人、大食暴食の人、美食贅沢を好む人にはどのような違いが生じるのでしょう。

 

◎粗食の人

“食、分限より少なき者は相貌悪しくとも吉なり。相応の福分あって短命なし、なお老年吉なり。
粗食少食に定めるものはたとえ極悪貧相の相ありとも福寿を主り、猶、生涯に子孫の家督を遺し、死してその功をあらわす。尤も粗食といえども大食にして定めなきは大凶なり。“

「食が分限より少ない人(腹八分の食事をする人)は顔の相が少々悪いといっても吉である。それ相応の幸福の天分があり、さらに短命ということもなく、高齢になっても吉である。

常に粗食をするものは、このうえない悪人であっても、みすぼらしい顔の相であっても、幸福と長寿を得て、なおかつ生涯に良い子孫をもうけ、死んだあともその名を残す。とはいえ、普段粗食だからといって、時に大食をするなど食事量が一定でないのは大凶である。」

 

◎大食の人

“食、分限より多き者は、たとえ相貌善といえども、諸事調いがたし、手ももつれる事多し、生涯心労にたえずして老年凶なり。”

「食がその人の分限より多い人(満腹、あるいはそれ以上食べる人)は、どれほど顔の相が良くとも、良いこと悪いこと全ての出来事において問題がつきまとう。的確な行動ができない。そのうえ一生を通じての気苦労も絶えることがなく、高齢になってから凶があるだろう」。

 

◎大食暴食の人

“常に大食暴食の者は、たとえ、相貌大いによろしくとも、身分しかと治まりがたし。貧者は次第に窮す。又、相応の福ある人は家を損す。若し、相貌あしければ、死して棺なしと知るべし。”

「いつも好きなだけ食べ、酒を飲む人は、どれほど顔の相が良くても、身分、地位、分際が不安定になり、確立はむずかしく安定しない。貧しい者はますます困窮し貧しくなる。さらに人がうらやむような豊かな人、著名人であったとしても、やがて家をなくすようになる。顔の相が悪いのであれば、息を引き取っても棺一つないと覚悟を決めておいた方が良い。」

 

◎美食贅沢を好む人

“常に分限より美味を好み喰う者は、たとえ相貌宜しくとも、大いに凶なり。慎まざれば家を損す。猶、生涯、出世発達なし、もし貧者は労してその功を見ず生涯くるしみ終ると知るべし。”

「いつも満腹になるまで美味しいものを楽しむ人は、どのように顔の相が立派であっても非常な凶である。慎みを深くしていかなければ家がなくなるうえ、さらに一生を通じての出世や発展もないだろう。貧しい人は苦労をするばかりで生涯その名を残すこともなく、苦しみあえいで死ぬことを知っておくべきである。」

美食によって健康や寿命が損なわれ、活気や出世も遠ざけてしまう。

また、美食はこころの驕り(おごり)を生むと指摘しています。驕りの気持ちは徳を壊します。美食が驕りを生み、その驕りが徳を損ねるという悪循環に陥るのが、美食の怖さということです。酒は美食の一つです。酒をたくさん飲む人は美食大食する人を意味します。

≪徳とは≫

徳は目に見えない価値ある財産であり、能力です。徳が多ければ多いほど、能力が発揮されます。

“運も実力のうち”と言いますが、この運は徳によってもたらされています。特に1生まれも学歴も良いわけでもないのに、運が強く、平均以上に金銭的にも人間関係においても豊かな生活をしている人が大勢います。仕事運、人間関係、家族、健康とトータルで運が良い人、こういった人は徳を積んだ人です。この徳には前世の徳も、今世の徳も含まれます。

つまり運=実力=徳です。徳がある人は、他人に助けられ、災難や苦難を簡単に切り抜けていきます。最後には自分の人生に勝つことができるのが、徳がある人の特徴です。

反対に徳がないと、能力も発揮できず、世間をうまく渡れません。困ったときに助けてくれる人がいません。人間関係にもいつも悩まされます。前半の人生が良くても、後半不運にみまわれ、無念な最期を遂げます。徳がないと、すべてにおいて運が悪くなります。

≪陰徳を積むには≫

徳には陰徳と陽徳があります。慈善事業や寄付、ボランティア(ゴミ拾い、掃除、被災地での活動)、困っている人を見たら助ける、などの行為を陽徳と言い、現実世界で人の目に見えるよき行いです。

また人の目につかないところで行うよき行為を陰徳と言います。陰徳は陽徳を上回る特別な徳をさします。水野南北先生は、陰徳こそがまことの徳であると述べています。

“汝また施こすといえども何をもって施す。夫れ財宝は天下の財宝にして我がものにあらず、食は又其の受くる人の食なり。我、何をもって生じ来たり何を以って施す。唯己れが持ち来たりるものは食なり。是を施すを以って実の陰徳と云う。然れどもおのれ十分に食して施すときはこれ施すに非ず、皆其の受くる人の食なり。己が飯一杯をひかえて半椀を施す時は是を実の施しと云う大いに陰徳なり。
常に是を行う人を以って実の陰徳者と云う。其の聴終に天地六合に満つる。是の如き人は短命といえでも福あり、貧といえども福あり、万凶万悪を滅ぼす。故に十万に敵なし。”

「あなたは何を持っているというのか。何を施すというのか。人にとって本当の持ち物は食に他ならない。この本物を施すことを真の陰徳というのだ。

けれどもお腹いっぱいの食事をしている者がする施しは施しではない。食べ残した物は、はじめから施しを受ける者の持ち分であったのに、それに手をつけてしまったのだ。(人のものを奪ってしまったことである。これは罪である。)しかしあなたがたとえばご飯一膳減らし、その半分でも人に施すならば、これこそ真の施しである。大きな陰徳である。

日頃よりこの行いができる者が、真の陰徳者である。この徳は、やがて天地六合に満ち、短命の定めも長寿に、貧の定めも福に変えてしまう。この真の陰徳者は、万凶万悪をも滅ぼすがゆえ、まったくの無敵あると言えるのだ。」

≪美食、大食で徳を失う≫

徳は毎日の食べ過ぎによって失われます。美味しいものをたくさん食べるという行為によって、徳が日に日に目減りしていきます。

現代人の多くは、大食、美食を楽しんいます。大食、美食を続けると、気持ちにおごりが生まれます。

平気で他人を見くだす、見栄を張る、人をいじめる、必要以上のお金を欲しがる、人を蹴落としてでも地位や名誉がほしがる、など食べれば食べるほど、気づかないうちに強欲になります。いやしさ、あさましさが顔の相にも表れるため、人にはあまり好かれません。

自分がそのようなあさましい人物になっていくことに、自分ではなかなか気づけません。自覚症状がないことが怖いところです。注意してくれる人が周りにいない場合はなおさらです。

また美食や大食によって体から活気が失われ、体力がなくなり、病や短命にもつながります。

ひたすらに食を慎むこと”これこそが陰徳となります。おごっている自分の姿に気づくことができ、病も遠のきます。本来の能力が発揮できるようになり、財産を築くこともできます。

しかし、陰徳を積んでいることを人に過剰に自慢する行為、行き過ぎた伝え方をすると、陰徳は陽徳となり、徳の効果が減ってしまいます。

つづく

(参考文献)

南北相法極意修身録 全四巻合本 人間医学社版

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