ハンナ・アーレントの研究3 帝国主義

全体主義の起源第二巻 帝国主義

なぜナチスによるユダヤ人大虐殺が起きるに至ったのか、ハンナ・アーレントの歴史的考察は続きます。

第二巻では、19世紀後半に西欧諸国の帝国化によって、人々の意識に変化が起こったこと、さらに国家が諸問題に直面したことによって、「人種」思想「民族」的ナショナリズムが生まれたとハンナ・アーレントは指摘しています。

以下、ハンナ・アーレント 全体主義の起源 100分de名著(金澤大学法学類教授 仲正昌樹)から引用しています。

【全体主義の起源2 帝国主義】

 

第二巻 帝国主義

帝国主義(ていこくしゅぎ、インペリアリズム)とは、一つの国家または民族が自国の利益・領土・勢力の拡大を目指して、政治的・経済的・軍事的に他国や他民族を侵略・支配・抑圧し、強大な国家をつくろうとする運動・思想・政策である。

 

政治的統一を遂げた西欧諸国は、次第に西欧の外へと目を向けるようになります。

工業製品の原材料や市場を求めてアフリカやアジアの国々に進出し、競うように植民地を拡大していきました。

19世紀後半は西欧諸国の帝国化が加速しました。

それに伴って生まれてきたのが、「人種」思想と「民族」的ナショナリズムです。

 

帝国主義がもたらしたこの「人種」思想と「民族」的ナショナリズムは、やがて国民国家を解体へと向かわせ、それが全体主義に継承されていったとアーレントは指摘します。

そもそも帝国主義と国民国家は相容れないものだったと。

 

永続性のある世界帝国を創設できるのは、国民国家ではなく、ローマ共和国のように、本質的に法によって基礎付けられた国家形態だ。

というのも、後者は万人に等しく適用される立法の権威があり、この権威に基づいて帝国全体を支える政治制度が形成されているからである。

こうした権威と制度があれば、征服の過程においてきわめて異質な民族集団を現実に統合することが可能になる。

国民国家はこのような統合の原理を持たなかった。

国民国家はそもそもの初めから同質的住民と政府に対する住民の積極的合意とを前提としていた。

国民は領土、人民、国家を歴史的に共有することに基づいている以上、帝国を建設することはできない。

国民国家は征服を行った場合には、異質な住民を同化し、「同意」を強制するしかない。

彼らを統合することはできず、また正義と法についての自らの基準に彼らをあてはめることもできない。

そのため征服を行えばつねに圧政に陥る危険がある。

 

国民国家は征服者となる場合、必ず被征服民族の中に国民意識と自治の要求とを目覚めさせることになるが、こうした要求に対して、征服者となった国民は原理的に無防備だった。

永続性のある帝国を設立しようとする、あらゆる国民的試みはこの矛盾のために挫折し、国民国家を致命的な自己撞着に陥れた。

【全体主義の起源 第二巻より】

 

近代の帝国主義は、宗主国である国民国家の繁栄を目的とした植民地支配システムです。

古代に隆盛を極めたローマ帝国は、多民族・多宗教から成る広大な地域を一人の元首が治めていました。

被支配地の人々にもローマ市民権を与え、ローマの方のもとで平等に扱うことを原則としていました。

しかし、19世紀後半の西欧諸国における国家とは、見た目も言語や文化的伝統も異なる人々を「仲間」として受け入れないものでした。

「仲間」にできない被支配地の人々を治めていくには、強権を発動し、圧政を敷くしかありません。

そうなると、当然ながら相手は反発します。

「ここは我々の土地だ」「なぜ異民族に支配されなければならないのか」

つまり、国民国家という枠組みから展開された近代の帝国主義には、最初から無理があったのです。

 

なかでもアフリカにおける植民地争奪戦は、ヨーロッパの人々に「人種」というものを強く意識させる契機となりました。

国民国家を形成する際に、彼らが重要視したのは「文化」的アイデンティティを互いに共有できるかどうか、ということでした。

しかし、ヨーロッパ人がアフリカで目の当たりにしたのは、文化の問題以前に、生物学的な特徴や習俗が圧倒的に異なる人々でした。

そして、すでにアフリカに根を下ろしていた「白人」による異様な「非白人」支配の実態でした。

 

いち早く『アフリカに根を下ろした』ボーア人は、17世紀にオランダから南アフリカに渡り、アパルトヘイトの基礎を築きました。

彼らは「自分たちとは似ても似つかぬ人々への恐怖」から人種思想を生み出し、非白人への差別と、暴力による支配を強めていきました。

”何とかしてアフリカ人を押さえつけ、生き延びていかなくてはならない。”

危機的状況に追い込まれたボーア人が「非常手段」として生み出したのが「人種」思想だったとアーレントは考察しました。

つまり、同じ人間の姿はしているけれど、我々白人と、彼ら黒人は「種」が違う。

その違いに優劣の価値観を持ち込み、劣等な野生には暴力をもって対するほかない、と考えたわけです。

自分たちの世界を広げるために相手を利用するヨーロッパ人の、「身勝手」ともいえる考え方でしょう。

アーレントは、そうした考え方のなかで、異人種に対する差別、白人としての同一性や各々の「国民」意識が拡張、強化されていったと指摘しています。

 

植民地支配がもたらした意識の変化は、19世紀にイギリスで「優生思想」が生まれたこととも呼応しています。

優生思想とは、人間に進化の度合いが高い人種と、進化の遅れた劣等人種があるとして、生物学的な優劣をつけるものです。

こうした優生思想は、ドイツやロシアなど、植民地開拓という「地球の新たな分割競争に割り込み損ねた」国々では「民族」的ナショナリズムとして広がっていきました。

 

この民族的ナショナリズムを正当化するためにドイツ人が持ち出したもの、それが「」でした。

これも虚構にすぎないとアーレントは指摘していますが、「我々はどこかで『血』がつながっている血族であり、これこそが唯一にして最も重要だ」とドイツ人は主張し始めます。

さらに第一次大戦での敗北も反ユダヤ主義を道連れに「汎ドイツ主義」思潮を後押しする結果となりました。

汎ドイツ主義とは、汎ゲルマン主義とも云われる。

ドイツが盟主となり、ゲルマン民族による世界制覇を実現しようとする思想・運動。19世紀末から、ドイツ帝国が政策化してバルカン・中近東などへの進出をはかったが、第一次大戦で挫折(ざせつ)。その多くはナチスによって継承された。

 

ドイツは第一次大戦で敗北すると、海外植民地をすべて没収され、本国の領土も13%も失いました。さらに賠償金問題で経済的に追い詰められます。

戦勝国である資本主義の国々に自分たちが圧迫されているという感覚があり、その資本を思いのままに動かしているのがユダヤ人だという短絡的な発想と結びつき、さらなる反ユダヤ主義が進みました。

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