伊勢国の神々ー⑤瀧原宮・多岐原神社

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神が降り立つ鎮守の森、瀧原宮と周辺を巡る神秘体験

三重県度会郡大紀町にひっそりと佇む瀧原宮は、伊勢神宮内宮の別宮であり、遥宮(とうのみや)として古くから崇敬されてきた特別な場所です。伊勢神宮から離れた場所に位置することから「遥宮」と呼ばれ、その静謐な空気と神聖な森は、訪れる人々を深い感動と癒しで包み込みます。椿大神社から車を走らせ、伊勢市駅から約40分の道のりを経て、私はこの神聖な場所へと足を踏み入れました。

伊勢神宮は、内宮・外宮をはじめとする14所の別宮、そして109所の摂社・末社・所管社を合わせた125の宮社の総称です。これらの宮社は、伊勢・松阪・鳥羽・志摩の4市、渡会(わたらい)、多気の2郡に広がり、それぞれの場所で独自の歴史と信仰を守り続けています。その中でも、瀧原宮は特に重要な別宮の一つとして位置づけられています。

神宮には、皇大神宮に荒祭宮、月読宮、月読荒御魂宮、伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮、瀧原宮、伊雑宮、風日祈宮、倭姫宮の10所、豊受大神宮に多賀宮、土宮、月夜見宮、風宮の4所、合わせて14所の別宮があります。別宮は、正宮(本宮)に対する「別け宮」であり、正宮に次ぐ重要な役割を担っています。これらの別宮は、それぞれ異なる神々を祀り、独自の祭祀が行われています。

今回、私は「お伊勢さん125社めぐり」の一環として、特に“滝原めぐり”と称される瀧原宮と多岐原神社を参拝することにしました。瀧原宮の静寂に包まれた空間と、多岐原神社の清らかな空気を感じながら、伊勢の大神の御力を頂くことを願って、それぞれの社へと足を運びました。

瀧原宮・悠久の歴史と神聖な森が織りなす空間

瀧原宮・瀧原並宮のご鎮座の由緒は、非常に古く、その歴史は約2000年前に遡ります。『倭姫命世記(やまとひめのみことせいき)』によると、第11代垂仁天皇の皇女である倭姫命が、御杖代(みつえしろ)として天照大御神を奉戴し、ご鎮座の地を求めて宮川下流の磯宮(いそのみや)を出発しました。上流に向かって進むにつれて、倭姫命は「大河の瀧原の国」と呼ばれる美しい土地を発見し、その地に二宇の宮殿を造立したことが、瀧原宮の起源とされています。

伊勢神宮の中心部からは離れたこの地には、まるで時間が止まったかのような、穏やかな時間が流れていました。深い緑に囲まれた参道を歩いていると、心が静まり、日々の喧騒から解放されるような感覚を覚えます。木漏れ日が優しく降り注ぎ、鳥のさえずりが心地よく響き渡る空間は、まさに神聖な森と呼ぶにふさわしい場所です。

神が天降る神聖な森・自然崇拝の原点

7世紀ごろには、社や神社という概念は、神聖な森そのものを意味していました。当時の人々は、自然の中に神の存在を感じ、特別な建物を建てるのではなく、森そのものを信仰の対象としていたのです。万葉集にも、そのような自然崇拝の様子を詠んだ歌が残されています。

“哭沢(なきさわ)の神社(もり)に神酒(みわ)すゑこひ祈(の)めど、わが王(おおきみ)は高日知らしぬ”

この歌は、桧隈女王(ひのくまのおほきみ)によって詠まれ、泣澤(なきさわ)の神社に神酒を供えて皇子の冥福を祈ったものの、高市皇子は天に昇ってしまった悲しみを表現しています。ここで注目すべきは、「哭沢の神社」が「もり(森)」と呼ばれている点です。この歌からも、当時の人々が森を神聖な場所として捉え、神を祀っていたことが分かります。

実際に、この歌に登場する畝尾都多本神社(うねおつたもとじんじゃ)には、神殿がなく、玉垣で囲まれた空井戸を御神体としており、古代の原始的な祭祀形態を残しています。南伊勢地方の神社は、もともと森を意味しており、特別な建物はなく、自然そのものが信仰の対象だったのです。

瀧原宮は、まさにその神聖な森そのものを体現している場所と言えるでしょう。宮域は44万㎡(東京ドーム10個分)と非常に広く、元伊勢、伊勢神宮の元宮とも言われています。瀧原宮の横を流れる清流、宮川は、古来より神聖な川として崇敬されてきました。社殿が設けられるよりはるか以前から、ここは神がご降臨される森として崇敬されていたのです。

瀧原宮の参拝順序と各社の御利益

瀧原宮には、古来より定められた参拝順序があります。

瀧原宮
瀧原竝宮(たきはらならびのみや)
若宮神社
長由介(ながゆけ)神社

それぞれの社を参拝することで、より深く瀧原宮の神聖さを感じ、御利益を頂くことができるとされています。

瀧原宮

  1. ご祭神・ 天照大御神御魂(あまてらすおおかみのみたま)
  2. 天照大御神の御魂を祀る、瀧原宮の中心となる社。国家安泰、五穀豊穣、開運招福などの御利益があるとされています。

瀧原竝宮(たきはらのならびのみや)

  1. ご祭神・ 天照大御神御魂(あまてらすおおかみのみたま)
  2. 瀧原宮と並んで鎮座する社で、瀧原宮と同様に天照大御神の御魂を祀っています。瀧原宮と合わせて参拝することで、より強力な御力を頂けると言われています。

若宮神社(わかみやじんじゃ)

  1. 瀧原宮の東、石段を上がった場所に南面して建つ瀧原宮の所管社です。古来、御祭神は詳らかではありませんでしたが、天水分神(あめのみくまりのかみ)との伝説が残っています。
  2. 水の神様である天水分神を祀ることから、雨乞いや豊作祈願などの御利益があるとされています。

長由介神社(ながゆけじんじゃ)

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  1. 御敷地の東端に西面して建つ所管社で、同じく所管社である川島神社が同座されています。両者ともきわめて古い由緒とされていますが、詳細は不明となっています。
  2. 詳細な御利益は不明ですが、瀧原宮の守護神として、家内安全、無病息災などの御利益があるとされています。

奇跡の森:五感で感じる神聖な空間

瀧原宮を訪れれば、誰もがここが特別な森であることを一瞬で理解できるでしょう。この世のものとは思えないほど優しい清流の音に耳を傾け、心を癒され、全身を清めてくれる風に包まれることで、日々の疲れも穢れも、すべてが彼方へと消えていくような感覚を覚えます。

昔から人の手が入らない状態で受け継がれてきた縄文の森は、まるでタイムスリップしたかのような、原始の姿を今もなお残しています。木々の生命力に満ち溢れた空間は、訪れる人々に深い感動を与え、自然の力強さを感じさせてくれます。

この神聖な森に出会えた奇跡に感謝の気持ちが湧きあがります。この奇跡の森が、このままの状態で後世に受け継がれていくことを心から願ってやみません。

古澱地:遷宮の歴史を物語る場所

瀧原宮では、伊勢神宮と同様に、20年に一度の式年遷宮が行われます。古澱地は、前回遷宮されるまで社殿が鎮座されていた跡地であり、次回の遷宮で新たな社殿が建設される予定の場所です。

この場所を訪れることで、瀧原宮の歴史と伝統を感じることができ、遷宮という神事の重要性を改めて認識することができます。

水の精霊が集う鎮守の森・多岐原神社

瀧原宮から約6キロメートル離れた場所に鎮座する多岐原(たきはら)神社は、内宮の摂社であり、静寂に包まれた空間が広がっています。ご祭神である真奈胡神(まなごのかみ)は、宮川の急流に困られた倭姫命一行を助けたことから、この地に祀られるようになったと伝えられています。

宮川の急流に困っていた倭姫命一行を、真奈胡神がお出迎えし、渡し船を用意したことから、倭姫命はその場所に真奈胡神を祀る御瀬社(みせのやしろ)を定めました。これが、現在の皇大神宮摂社多岐原神社の起源とされています。

瀧原宮から道なりに約6km北方、大宮町三瀬川(みせがわ)の宮川のほとりに鎮座しており、近年まで熊野街道の「三瀬の渡し」がありました。

瀧原の宮から山を少し上ったところに、小さな標識があり、集落の中にひっそりと佇んでいます。そこから徒歩で細い坂を下ると、多岐原神社が現れます。

多岐原神社は、瀧原宮と同じように、清らかな空気が流れ、神聖な雰囲気に包まれています。宮川のほとりに立つこの神社には、素晴らしい気が満ち溢れ、まるで水の精霊たちが集まっているかのような感覚を覚えます。

瀧原宮を訪れる際には、ぜひ多岐原神社にも足を運び、両社を参拝することで、伊勢の大神の御力をより深く感じることができるでしょう。

瀧原宮と多岐原神社・伊勢神宮の奥深さを体験する旅

瀧原宮と多岐原神社は、伊勢神宮の奥深さを体験できる、特別な場所です。神聖な森に包まれた空間で、悠久の歴史と自然の美しさを感じながら、心身ともにリフレッシュすることができます。

ぜひ、この二つの神社を訪れて、伊勢の大神の御力を頂き、豊かな自然の中で癒されてみてはいかがでしょうか。

みどり
みどり

アクセス情報

瀧原宮

電車: JR紀勢本線「滝原駅」下車、徒歩約15分

車: 伊勢自動車道「勢和多気IC」より約20分

駐車場: あり(無料)

はな
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多岐原神社

車: 瀧原宮より約15分(駐車場から徒歩約5分)

公共交通機関: アクセスが困難なため、車での訪問をおすすめします。

駐車場: あり(無料、数台程度)

周辺情報

瀧原宮周辺には、以下のような観光スポットや宿泊施設があります。

  1. 頭之宮四方神社・日本唯一の頭の守護神を祀る神社。知恵、学業成就、商売繁盛などの御利益があるとされています。
  2. 大内山牛乳・ 新鮮な牛乳や乳製品を味わえるお店。ソフトクリームやヨーグルトが人気です。
  3. 民宿・旅館 大紀町内には、自然豊かな環境の中でゆっくりと過ごせる民宿や旅館が点在しています。

瀧原宮と多岐原神社の魅力を伝える一助となり、皆様の旅の参考になれば幸いです。
昔から人の手が入らない状態で受け継がれてきた縄文の森。この神聖な森に出会えた奇跡に感謝の気持ちが湧きあがります。
この奇跡の森がこのままの状態で後世に受け継がれていくことを願って止みません。


ABOUT ME
Shokey Hayashi
Shokey Hayashi
エクソシスト/ラジオニクス技法研究家
1965年、青森県に生まれ 幼少期から霊的な現象によるトラブルや病気、怪我に悩まされてきた。しかし、20歳のある日、イベント参加、会場で不思議体験、天からの稲妻エネルギーが降り注ぎ、脳から脊髄を貫くような衝撃を受け、霊能力が開花。その後、心理学と超能力の研究をスタート、現在は、霊能力と意識工学を融合させた。独自のラジオニクス技法をにて「ラジオニクス除霊」を確立。除霊、供養、癒しを超えた「運気の治療まで可能となる」
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