東京の守護神・平将門~他に類を見ないほど強力な”陰”のパワースポット~④

  • 2019年10月16日

怪奇現象の原因を探る

平将門公の怨霊伝説がファンタジーだとすると、後に首塚で起こる数々の怪奇現象の原因は何なのでしょうか?

そのためには、陰陽五行の理解が大切です。

陰陽五行は古代中国から伝わってきた思想です。

日本文化は古代中国の思想・哲学だけでなく、学術、医学、文字、暦などあらゆる面において、影響を受けました。

日本書紀は陰陽五行思想の影響を受けている

『淮南子』

前漢の武帝のころ、淮南(わいなん)の国王である劉安(りゅうあん:紀元前177年~紀元前122年)が学者を集めて編纂させた思想書に『淮南子』(えなんじ)という有名な書があります。

『淮南子』は全21編からなります。国王である劉安は多くの文人・学者を招き、道家の〈道〉の思想を中核として,彼らの保有する広い学識を結集して編纂しました。

その内容は,《老子》の〈道〉と《荘子》の〈真〉の思想を基にして,現実世界の根源を論じる〈原道〉〈俶真〉2編から始まります。

次いで,その根源から現実世界が形成され変化するありさまを,天人相関説と陰陽五行説の理論に基づいて論述する〈天文〉〈地形〉〈時則〉3編があります。

以下,現実世界の諸相を政治論,人生論から戦略論などにわたって,道家思想を基調に,儒家・法家を初めとする諸子百家の思想を引用しています。

陰陽五行説の理論に基づいて論述された「天文訓」は、天地創造について記述され、「天地の未だ形(あらわ)れせざるとき」から始まります。

それから100年後に成立した『日本書紀』は「古(いにし)へ、天地未だ剖(わか)れず」から始まります。

日本書紀の天地開闢(てんちかいびゃく)の神話には、この『淮南子』の哲学が多く引用されました。

日本書紀には陰陽思想が含まれている。陰陽思想は中国の天文学の理論であって、天地の成立もこれによって説明され、易の哲学五行思想はこの陰陽思想を発展したものである。神代説話の初にある天地開闢、国土生成の段に、この思想が加わっていることは、神代説話に中国文化の影響があることをものがたっているものといわねばならぬ。(国立国会図書館デジタルコレクション:飯島忠夫『日本上古史論』)

日本書紀は奈良時代(養老4年、720年)に成立した日本の歴史書です。この時代以前にはすでに陰陽五行思想が日本に入って来ていることを示します。

陰陽五行説は道教から生まれた

『淮南子』は、道教が基調にあります。道教とは中国三大宗教の一つであります。

道教は古代の民間の雑多な信仰を基とし、神仙説を中心としてそれに道家(老荘思想)、易、陰陽、五行、卜筮、讖緯、天文などの説や、巫の信仰を加え、仏教の体裁や組織に習って宗教的な形にまとめられたもので、不老長生を主な目的とする現世利益的な宗教である。(宗教民族学者 窪徳忠)

道教を基にした『淮南子』から生まれた数々のことわざがあります。

その一つが「人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま」です。

意味は、≪昔、塞翁の馬が隣国に逃げてしまったが、名馬を連れて帰ってきた。老人の子がその馬に乗っていて落馬し足を折ったが、おかげで隣国との戦乱の際に兵役をまぬがれて無事であった≫という話から、“人間の禍福は転々として予測ができないものだ”というものです。

ここには古代の思想家である老氏の無為自然(むいしぜん)の思想が表れています。無為自然とは、作為がなく、宇宙のあり方に従って自然のままであることです。つまり、“道(タオ)に従って生きること””その時流れている自然の気の流れに乗る”というものです。

日本の陰陽道の源は、「道教」の「陰陽五行説」です。

勾玉(まがたま)のマークに見覚えがある方が多いでしょう。

これは、「道教」の「太極図」です。

 

日本における陰陽五行の発展

初めて※暦本(れきほん;こよみに関する書物)が渡来したのは、欽明天皇14年(紀元553年)であり、推古天皇10年(紀元602年)には暦本、天文地理、※遁甲(とんこう:占星術の一種)方術書が入ってきたとされています。

天武天皇は自身が、天文遁甲(てんもんとんこう)をよくされて、陰陽寮を設けました。陰陽寮は、陰陽師、陰陽博士などの職員から構成されました。占星、※漏刻(時刻の基礎となる水時計)などの任務を担いました。

現代では映画やアニメの影響で、陰陽師というと超能力者のような人物を想像しがちですが、元来の陰陽師は、陰陽道を基礎とし、五行理論を用いて風水(環境を整える)や易、占星術の仕事をしました。

国家組織に組み込まれた陰陽五行思想

陰陽五行とその実践としての陰陽道は、国家組織の中に組み込まれ、朝廷を中心に祭政、占術、年中行事、医学、農業の基礎原理となり、時に権力者によって軍事に至るまで実践応用されました。

しかし、明治維新を境に、陰陽五行は迷信として退けられ、国家の中枢からその姿を消しました。

私たちの生活に根付いている陰陽五行思想

陰陽五行思想の中には私たちの生活に根付いているものが多くあります。その一つが干支です。

十干十二支は陰陽五行のなかで、非常に重要な位置を占めるものですが、私たち日本人の暮らしに今でも生きています。

龍神信仰も陰陽五行から始まります。

風水もこの陰陽から始まり、五行で力を得ました。藤原京から始まり、平城京、平安京はもちろん現在の東京(江戸)まで例外なく風水によって位置を決められています。

陰陽五行思想とは

陰陽五行思想は、中国古代天文学と密接な関りがあり、非常に複雑で難解な思想ですが、ざっくりと説明しますと、以下のようになります。

陰と陽

宇宙が始まったとき、天地が分かれず、混沌とした状態でした。この混沌の中から光明に満ちた、軽く澄んだ気、つまり『陽』の気がまず上昇して『天』となります。

次に重く濁った暗黒の気、すなわち『陰』の気が下降して『地』となりました。

この陰陽の二つの気は、もともと混沌という一つの気から生じたもので、大元は一緒です。

そこで陰陽二気は、互いに引き合い、親密に行き来し、重なり合い和合します。

天と地、陰と陽は互いにまったく相反する本質がありますが、大元は一緒であるので、互いに行き来する必要があります。

さらに本質が異なるが故に、反ってたがいがひきあって、重なり合い和合する性質があります。(同質のものは反発し、異質なものはひきあいます。)

雨を例にあげますと、天から降った雨は地下に浸透します。やがて太陽の熱であたためられ、蒸発して雲となり、再び雨となって地上にふりそそぎます。すべてこのように天と地の間で行き来があって、はじめて万物の生命は育まれるのです。

陰のエネルギーはポジティブなものである

地球という星に陰と陽のエネルギーが存在し、動植物の中にもプラスとマイナスの生命電気エネルギー(陰と陽)が存在します。私たちが住む地球には、たくさんの陰と陽のエネルギーを見つけることができます。

世間には陰のエネルギーは悪いものであるという誤った情報があります。陰のエネルギーが邪悪であるという考え方から生まれており、一種の迷信のようなものです。

陰のエネルギーとは、本来はポジティブなエネルギーなのです。

たとえば男性は陽であり、女性が陰です。光が陽であり、そこに出来る影が陰です。これらのように両者は切っても切り離せない密接な関係にあります。

陰が悪いものであるという考え方は迷信であることがお分かりでしょう。

 

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